LOGIN「……ガキが!舐めてんじゃねーぞ!」 男がいきなり殴りかかってくる。 ヒョイと避けて、男は近くにあった椅子にぶつかる。顔を打ったのか、鼻血が出ている。「……プッ、鈍臭ぇ」 男のみっともない姿に思わず笑う。 男は興奮気味に俺を睨む。「ガキのくせに、俺の麗奈ちゃんを……」「……いい大人がキモいんだって!」 呆れたように返す。「……馬鹿にしやがって!」 男はテーブルに合った花瓶を俺に向かって振り落としてくる。 間一髪で避けるも、顔にガラス片が滲む。「……くっ」(こいつ、やべー奴じゃん)「……ガキが!」 ホテルの人が騒ぎに気づき、周りに人が集まってくる。(これ以上はやばいな…) 男がにじり寄ってきた瞬間―― 俺は持っていたリュックを男の顔に向かって思い切り投げつけた。(今だ!) その隙にホテルから出て、思いっきり走った。◻︎◻︎◻︎「はぁ…はぁ…」 路地裏で息を整える。そっと周りの様子を伺う。(追っては来てないな……) 帽子で顔を隠しながら、路地裏から出て、駅前に向かって歩く。「お巡りさん、こっちです」(ん?)「佐伯?」 佐伯がこちらを見る。「――黒川くんっ!?」 佐伯が慌てて駆け寄ってくる。軽くウェーブのかかった茶髪が揺れている。「……良かった、無事だったんだな」 安心して、力なく笑う。「……黒川くんこそ……あっ!」「……ん?」 佐伯と目が合う。「顔、血出てる!」「……あー、これ?」 指で顔に触れる。ガラスで切った頬が少しヒリっとした。「……いてっ」「……ごめん、ごめんね……」 泣きそうな顔で、俺を見つめてくる。 何だか気まずくて、思わず視線を逸らす。 佐伯はバッグからハンカチを取り出し、俺の頬にそっと触れた。「……ちょ、痛いって」(……近い)「動かないで」 細い指先で持つハンカチから、ひんやりした感触が伝わる。ふわっと甘い匂いがした。「……」 お互い何となく無言になる。さっきまで殴り合い寸前だったのに、今は女の子に顔を拭かれてる。 意味がわからん。 すっかり存在を無視されていた警察官がコホンと咳払いをする。「あー……とりあえず事情だけ聞いても?」「あ、はい!」 佐伯が慌てて離れる。 どこか名残惜しそうに、ハンカチをぎゅっと握りしめていた。◻︎◻︎◻︎
14時過ぎ。 昼飯を食べ終えた俺たちは、午前中のボーリングの話で盛り上がっていた。「オレら、Aチームの圧勝だったな」 大地が得意げに言う。「ウチらBチームも結構追い上げたと思うけど?」 小松が言う。「紫音が足引っ張んなかったらお前ら、勝てたんじゃね?」 ノブがからかうように言う。 そんな会話の中、俺はうわの空だった。(……なんであんなことしたんだ俺)(てか、いつ洗濯してもらったっけ?)「紫音どうした?ボーッとしてさ」 ナオが尋ねる。「……いや、別に」「黒川くん、顔赤いよ?」 白石が顔を覗き込んでくる。「……ッ!」 慌てて顔を背けようとして、また腰に鈍い痛みが走る。「……いっ」 みんなが一斉に俺を見る。「……ははっ、ちょっと便所行くわ……」「女子の前でお前その言い方」 ナオがやれやれと言った感じで言う。 クスクスと笑うクラスメイト達。「……うるせぇ」 誤魔化すように席を立つ。◻︎◻︎◻︎ みんなから離れ、トイレの個室内。「……ヘクシュッ」 大きなクシャミが出る。 時計から、ログチーが話しかけてくる。「シルバー、風邪ひいたんじゃない?」「……ログチー、何か服出せ。寒い」 震えながら言う。「シルバーになっちゃうけどいいの?」「……ほんと肝心な時に役に立たねー!」「……ひどぉいー!」 ログチーが拗ねた声で呟く。 軽くログチーをあしらい、小さくため息を吐きながら、大地達の元に戻った。◻︎◻︎◻︎「お、戻ってきた」 大地が言う。「今からどうする?」 ノブが言う。「私たちは今からショッピングしに行くよー」 立石が言う。「……そうなんか」 大地が残念そうに呟く。 白石が軽く微笑みながら、「ありがとう……誘ってくれて……」 大地がソワソワしているのにも気づかず、ナオが返す。「俺らのほうこそ楽しかったし、ありがとな」「黒川がごめんなー!また一緒にやろうぜ!」 ノブが言う「黒川くん、寒そうだし、風邪ひかないでね?」 白石が別れ際に言う。「…ああ、サンキュ。…へ、ヘクシッ」 大地達が、やれやれといった顔をしていた。◻︎◻︎◻︎ 白石達と別れた後、時刻は15時になっていた。「……で、何するよ?」 ノブが言う。「……俺、帰るわ」「ヘクシュッ……」 大地がティッシュを
その後は、散々な結果だった。 身体の痛みが思った以上に響く。踏み込むたびに、腰が鈍く痛む。 狙いが全く定まらない。 ガーター。 また、ガーター。「うわ、またかよ!」 笑い声が上がる。(……クソッ) 痛む身体を我慢しながら、投げようとしたが、変に力みすぎて、ボールが指からすっぽ抜ける。 ゴンッ 落ちたボールが、足に直撃した。「っ……!」 声にならない声。 そのまましゃがみ込みたくなるのを、無理やり堪えた。「紫音、最初だけまぐれかよ!」 ノブが腹を抱えて笑う。「紫音、今回は俺の勝ちだなー」 大地も調子に乗ってくる。「オイオイ、あんまり煽んなよ……」 ナオが苦笑いで止めに入るが、場の空気は完全にいじりモードだった。 ふと、視線を感じる。 女子達の視線。 同情と、ちょっとした苦笑い。(……最悪だ)「……ちょっと、水買ってくる」 それだけ言って、席を外した。(マジ帰りたい……) 腰を押さえながら、ゆっくり歩く。 みんなから遠ざかった時、腕時計からログチーが話しかけてくる。「シルバー、散々だね」 クスクスと小さく笑う。「……うるせぇ」「せっかく女の子見てるのに、全然決まらないねー」「……んなもん、どうでもいい」(俺はさっさと帰って寝たいんだよ)ログチーにイラつきながら、時計に向かって文句を言おうとした瞬間、 ドンッ「きゃっ……」 誰かとぶつかった衝撃。 咄嗟に前を見ると、他校の制服、同い年ぐらいの長髪黒髪の女の子が転んでいた。「……っ」 手に持っていた飲み物が、服にこぼれている。「……ご、ごめん!」 反射的に手を差し出す。「……私こそ、ごめんなさいっ」 慌てて起き上がろうとした瞬間、彼女の濡れた服が、肌に張り付いた。「……っ!?」 思わず視線を逸らす。(目のやり場がねぇ……)「……あのさ、服が、その……」 上手く伝えられず、指でそっと示す。 彼女が自分の服を見て、大きな瞳を見開き、一瞬固まる。「……っ」 顔が一気に赤くなる。 慌てて手で胸元を隠した。「……見ちゃった?」「……ちょっとだけ……いや、見てねぇ!」 両手を左右に振る。 彼女の顔がさらに赤くなる。「……ほら」 上着を脱いで、そっと差し出す。「……えっ?」「……着ろよ」 ぶっきらぼうに言う。
ラウンドワンの前に着いた時には、すでに正面で大地が腕を組んで立っていた。「……おせぇよ!」「悪い……」 軽く手を上げる。「……寝てた」(……忘れてた)「寝てた、じゃねーよ!」 呆れたようにため息をつく大地。「おーい!」 大地の後ろから声が聞こえてくる。 ノブとナオが笑いながら手を振っている。「紫音がおせぇって、大地抑えるの大変だったぞー」「君たちラブラブなんだからぁ」 ふざけてノブが言う。「「ちげぇわ!」」 俺と大地が同時に突っ込む。「息ぴったりじゃん!」 ナオがからかうように笑う。「うっせーな」 軽口を叩きながら、4人揃う。「で、どうする?」 大地が言う。「ボウリングか、スポッチャ」「ボウリングでいいんじゃね?」「賛成」「……どっちでもいい」(正直どうでもいい)「よし、決まりな」 そのまま店内に入る。 店内は週末ってこともあり、すごく賑わっている。受付を済まし、自分達のレーンに向かう。 時計からログチーの声が聞こえてくる。「シルバー、身体もう痛くないの?」「痛ぇに決まってんじゃん……」「全身も痛ぇし、耳も痛ぇよ……」 はぁ……と小さく呟きながら、肩を落とす。 大地達に視線を向けると、やる気満々の顔をしている。「……帰れねぇよな、やっぱ……」 ボソッと呟く。 自分達のレーンにつき、自分に合ったボールを探しに行く。 ボールを持つ。「……今の身体には、キツいなこの重さ」 軽めのにしようと、ボールを吟味していると後ろからふいに名前を呼ばれた。「……黒川くん?」 振り向くとそこには白石柚希が立っていた。「……白石、お前も来てたんだ」「うん!偶然だね」 柚希は少し照れ臭そうに答える。「……あー!紫音!!」 声の方向を見ると大地が硬直している。 白石も振り返る。「長瀬くん?」 大地が俺に向かって口パクで合図をしてくる。(ん?誘ってくれ?た、の、む、だって?) 思わず呆れ顔になりながら、視線を白石に向ける。無意識に首の後ろをかきながら白石を呼ぶ。「……白石」 白石がこちらを向く。「……白石も、友達と来てるのか?」「うん、4人で来てるんだ」 笑顔で答える白石。「……あのさ、良かったらだけど」「俺らと一緒にやらねぇ?」 自分で出た言葉に少し赤くなる。誤魔化
「シルバー、血が出てるよー」 さっきまで怯えていたログチーが、ポケットの中から顔を出す。「当たり前だっ!」 耳を手で抑える。 耳たぶがジンジンと痛む。指先に生暖かい血が滲んだ。 クロノスは満足そうに、カウンターにさっきのピアスと、アルコール液を置く。ツンとした匂いが鼻を刺す。「……つけねーから!」「つけろ……」 低い声。その場の空気が一瞬で張り詰める。 すごい迫力で睨んでくる。「……睨んでも、嫌なものは嫌だ!」 顔を背ける。「…………」「なんなんだよっ!」「……黙んな!怖ぇから!」「……つけろ」「……はぁ」「わかったよ!つけりゃあいいんだろ!」 渋々と箱からピアスを取り、左耳につける。チクっとした痛みが走る。 クロノスが、そっと小さな紙を差し出す。「ん?何だよこれ?……説明書?」 クロノスを見つめて呟く。「ってかお前が口で説明しろよ」 クロノスを見ると、こちらをガン見している。 瞬き一つしない。ものすごい圧だ。「……っ」 渋々と小さな紙に目を通す。「えーっと、何なに?トルマリン石のピアス」 普段は黒トルマリンで、黒く輝く。能力発動時は青く輝き、以下のことが可能。※ つけてる本人が触ると力が発動。 ① アルカに行ける、帰れる ② 自身の分身を出すことが出来る ③ 相手の嘘を見破る。(集中度合いによる)「……すげーじゃん!」 さっきまでの痛みが一瞬でどうでもよくなる。 ん?続きか? 手書きで何か書いてある……? ………… アルカ、バイト募集中!!「は?」 クロノスは、また不敵に笑う。「……てか、客いねぇのにバイト募集すんな!」「そもそも店長が、威圧的すぎるんじゃね?」「……そのエプロンも、何か返り血?みたいな変な文字書いてるしさ」「……店名だ」「いやいや、読めねぇし……」 手を横に振る。「……ちゃんと縫った!」「いやそこじゃねぇよ!」(てか、刺繍かよ……) 笑いをこらえながら、クロノスに聞く。「……不本意だけど、ピアスありがと、な」「……でも、交換出来るようなもん、 俺、持ってねーぞ?」 クロノスが、視線をログチーに向ける。 ログチーは首をブンブンと振る。「……ポケット?」 黒いカードを出す。「……これか?」 クロノスは頷く。カードを手に取り、不気味
クロノス……?」 背中に汗が滲む。圧倒的な威圧感。 クロノスは、後ろを向き、何かぶつぶつ言っている。「クロノス?」 耳を澄ますと、……俺のエビフライ、とっておきのエビフライ……。(まさか、このおっさん……)「ただのコミュ障か……?」 思わず呟く。 クロノスの眼光が光る。「……はは、俺、声に出てた?」 視線を逸らし、笑って済まそうとする。「……ははは、わりぃ」 頭をかく。 クロノスが、その場でしゃがみ込む。ちらっとこちらを見ながらクロノスが呟く。「……なぜ、わかった?」「は?」「……何が?」 クロノスを見ると、何故か身体が震えている。「……もしかして、図星?」「…………」 何とも言えない空気感。(この風貌で?)(ダメだ……顔がニヤける)「……プッ……はははっ」 耐えきれずに笑う。 静かにクロノスが呟く。「……笑うな」「……わりぃ、恩人に対して失礼だよな」 頭を下げる。「……ほんとに助かった!」「ありがとう!クロノス!」「……その、全部食べちゃって……ごめんな」 手を顔の前に合わせて必死に謝る。「……美味かったか?」 クロノスは静かに言う。 顔を上げて、クロノスを見る。「……ああ、死ぬほど美味かった」 思わず笑顔が溢れた。 ログチーがこそっと呟く。「シルバーがいつもこの顔なら、女の子がほっとかないのにね」 クスクスと笑う。「……うっせぇ!」 ログチーを手で捕まえる。 バタバタもがくログチー。 傍目に見ながら、クロノスが何かを持ってくる。小さな箱。 クロノスは無言で、それを差し出す。「……」(何か言えよ!顔怖ぇよ!) 恐る恐る聞いてみる。「……何?これ?」「……」(開けろってことか?) 箱の中には小さな黒いピアスが一つ。 クロノスの顔を見る。「クロノス……俺、ピアス開けてないし」「せっかくで悪いんだけどさ?」 チラッとクロノスを見る。 後ろを向き、何かを探している。 そっと後ろから覗こうとすると、クロノスがいきなり振り返る。「……っ!?」 ログチーが驚いて、俺の顔に貼り付く。「うわあああああっ」「……っ!」 隙間から、クロノスの手を見ると、裁縫箱の奥に眠っていたような錆びかけの物騒な針を握っている。 まさか⸻? 顔からログチーを引き剥がす間







